「病生」
 
「何をしてきたんだ」と荒ぶる声がする
嗚咽の向こうに
今も死と隣り合わせに朗らかに
「いのち」を生ききる人がいる
 
子らの感謝は憎悪と憤怒を超え
父母はその子らに勇気をもらい
ただひたすらできることをしてきた
 
誰にも約束された明日なんてないんだ
毎夜眠る前には
小さく「さようなら」と呟き
朝の目覚めに心が醒めて
昨日と「同じ」に気づく
ないはずの明日が来てしまった無防備の戸惑い
日の誕生には
秘めた祝祭をそえて
 
夢なんてないんだ
と もう夢を生きている
澄んだ大気から酸素をもらい
コップ一杯の水に身体が潤う
急かす胃袋に食物を放り込めば
さしあたって今が生きられる
 
無意味な存在だから何もしていないと思うのは嘘だ
涙と愛と希望とを与え
生きるということはなにかを考えさせ
優しさを教え
今も四囲に輝き
光を与えることができている
それ以上の価値あるどんな生き方があるというのか
病んでいるあなたにも等しくそれはある
だから病んでいるなら病んでいるがままに
病として生きるのがいい
 
 
 
 「分校の思い出」
 
広葉樹や針葉樹の入り交じった林の
流れるような四季の記憶をたどり行くと
「へき地」という言葉が
「言葉」の空しさを響かせる
 
触手のようにのびた枝先と
若草から新緑そして紅葉への道のりは
内臓を震わせる植物からのメッセージが込められていた
いや 生き物たちの「無言」が豊かさに 空間に 流れていた
 
いくつかの峠を越えて ふと
煙のように集落が佇んでいる
安堵する山間に
石のように 葉脈のように せせらぎのように
「言葉」の扱いの下手な表情が
溶けるように または絵のように
日々のいっさいを込めて暮らしている
 
とある少女の笑顔の不思議
はにかみと微笑みと
ぎこちない動作とが忘れられない
 
そのように集落の子どもたちは
道ばたの多年草を怒ったふうに乱暴にちぎり
草花をそっと両の掌に包み
駈けては立ち止まり
立ち止まっては駈けながら登下校し
そうして彼らのもつれ合い
重なり合う四肢の影は
険しい気流を流れる雲のように
あまりにも自在に脈絡のない天才
それは悲喜そのものだと言ってもよかった
 
「分校」はそんな景色や人たちの間にあって
余所者の先生たちが子どもたちのために勉強を教えている
大人たちはみなその「分校」で学んだ
集落の中で たぶん「分校」は時に取り出しては眺める宝箱だった
 

 「ぼくの空に」
 
朝日のまぶしく我が貧しい家のガラス窓を射る
売れない思想の瓦礫
紙パックの紅茶ひとつで2杯分を飲み
冬の大気にかじかんでみせる
 
もうすぐ常連となったパチンコ店の開店時刻
話もしないあの顔この顔が思い浮かぶ
そんな一人になったんだという思いと
そんな顔の中に紛れ込む安堵と
 
確かにそれでも
生活はこぼれた銀玉のように
そこかしこ足下に転がって見える
 
そこでは金持ちたちと競り合わなくてもいいんだ
テレビのCMに流れる偽のアットホームとも
キリストの禁欲や慈善とも
無芸を売りにするタレントのお気楽さとも
政治家の大義の私利とも
大学教授の鈍感な知の占有とも
競り合う必要なんてないんだ
 
「繰り返しに耐える」
必要なのは
どんな人や生き方にとってもそれに違いないのだから
きみには
本当は羨むどんな生活もありはしない
 
向かい合う団地の丘には
裸木となった枝々の林をすかして
春夏秋には見えなかった「空」が見えている
たぶん あそこだけがぼくの「空」だ
 
どこにも存在しない「愛人」よ
あの「空」でぼくと夢のように遊んではくれないか
 
 
 
 「風のように雲のように水面のように」
 
風のように雲のように水面のように
愛も夢も希望も見送ってきた
きみの顔に〈移ろい〉は刻まれ
そうしていまも静かに流れている
 
唇は言葉を語らなかった
きみにとって〈言葉〉もまた移ろうものであった
花片のように雪片のように笹舟のように
華麗なる渦にもまれ
淀みなく消えていくものに違いなかった
〈美しい〉ものを〈美しい〉と〈言葉〉に書き留めたところで
唇に呟かせてみたところで
それがどうなるものか
たぶんきみは語らないことで語ろうとしていた
 
本当に伝えたいことは
いつも道具のない不自由に打ちあたる
 
きみにはきみを育んだ〈親〉の声が届かない
きみの声はきみの〈こども〉の心には届かない
その〈不自由〉さにおいて〈移ろい〉を共有する
 
きみは脳髄のように電気信号が飛び交う
猥褻に賑わう街を駆け抜けながら
そっと〈か・な・し・い〉という言葉を発明してみた
そうしてとある横町の湿って腐った土塊の上の
汚れた草むらに身を隠す
小さな虫の一匹になる
見上げるものすべてに
刃向かうように
五感を研ぎ澄ましながら
 
もう誰も
きみを捜し出すことは出来ない
世界を
語ってみせることが出来ない
 
 
 「始末」
 
気兼ねする必要のない家の中で
くたびれたパジャマに体をとおし
底冷えのする階段を上りながら考えた
『生きることは何なのだ』と
 
妻と二人 語れるほどのこともない日々を
語れるほどのこともなく送っている
朝にはパンとコーヒー
それからテレビを見て
小さな談笑がある
時々 事件のニュースについて意見も闘わす
 
子どもたちが通りすぎた団地の中は
一気に静まりかえり
家々は家々のままにひきこもる
お気楽な日々のお気楽な時間のはじまりだ
 
それから私たちはパチンコに出かけて散財する
しょげた気分でコンビニ弁当を食べ
風呂に入って歯磨きをして
他に もうすることがない
 
社会に貢献した実績もなく
人のために役立ったこともない
反抗や敵意の爪痕も残さず
もちろん愛の物語も書き残さなかった
身を越えた豊かさを手に入れることもなければ
身を越えて悲惨を生きた覚えもない
 
『生きて,うろつき回って,ハイ,それでおわり』なんて
『これが人生の幕を下ろす前というものなのか』
 
ふと一瞬のようにそう思って
二人で一つの布団に潜り込み
明日もまた息が出来ているとは限らないと思いながら
ひとつの「死」に向かって下降を試みる
「こころ」を始末する
たぶん 眠りにはそんな意味がある 


 「かすれる声で」
 
《すべての旗取り競争から離脱する》
思想と資質とがそうぼくに命じた
70年の紛争からその先
激する心は小さな声に変え
小さな声は呟きに
呟きはかすれる声に変えて生きてきた
 
世界中の愚かな紛争と
組織の中での日常的な小さな紛争とは等しく同じ構造を持っている
その競り合いに言い分がないわけではないけれど
心の痛みが先に来る
 
正義の旗なんていらない
愛の旗も
希望の旗も革命の旗も国民の旗も
抜け殻の言葉を冠した旗は
みんないらない
 
そうして長い間
何者にもならない道を歩いてきた
ただひたすらすべてから自由であり続けるために
世界のど真ん中へ
帯の縁へ 言葉へ
沈んでいった
 
自利にも他利にも役立たぬデクノボウ
銃を持たない戦士
抗ってきた
その全身には無数の傷痕が今も消えずに残っている
 
ぼくの映らない風景
ぼくの肉声のない談笑
ぼくの通りすぎることのない街角
ぼくのいない我が家
そのすべてに寂しい不在が漂っている
かすれる声で日の中に叫ぶのは
たぶん 愛ではない
 


 「世界をリストラする」
 
年の暮れの喧噪に賑わう地表にも
枝から落ちようとする一枚の葉のかすかな震えが見えている
赤や黄色や緑の色彩表が今も脳髄を走り回る中で
きみの瞳を雪が舞う
雪は小さな気流に揺れながら
踊るように 一気に駆け抜けるように
不自由な自在を落ちていく
 
目をふさげ
その目は悲しい出来事ばかり見てしまうから
耳を覆え
その耳は怒りの声ばかり聞いてしまうから
口を閉じよ
その口は嘆きばかりを漏らすから
 
思考する脳髄の酩酊をいいことに
なけなしの蛮勇を振り絞り
未来の飢えに憧れて
寄生する世界をリストラした
ところで何が変わるわけでもない
きみの日常 けれども
強いられた怠惰な時間に 呪文のように
まっさらな意識から湧き出す言葉がある
「この現実を本当はどう生きようとするのか」と
 
組織や制度に属するのはゴメンだ
組織や制度の言葉に隷属するのはゴメンだ
かろうじて裸木につるされる一枚の葉の
たとえ不安と怯えと
身を固くした沈黙を永遠に強いられようとも
きみは 明日のない今に
世界が 凍りつく前に
命を宇宙に打ち上げる
そうして きみの鳥肌たった
毛穴という毛穴を全て開け放ちながら
この冬の冷気のど真ん中で
きみはきみの静かな狂気を
隣人の中に埋没させたいと願っている



 「虫の景色」
 
苔がめくれたところの土塊に
枯れ草が引っかかり
虫になったぼくが身を隠す
隙間から顔をのぞかせ
辺りをちらと見回す
ぼくをだれも訪ねてはくれないだろう
 
ここでは土塊を舐めることになる
あるいは枯れ葉の十分に腐ったあたりがごちそうになる
怠惰だから眠りはない
始終うつらうつらとしている
朝日が目の前をさっと輝かせる時も
降り続く雨が大河となってぼくのいる辺りに押し寄せても
ぼくには驚きも不安も恐怖もない
 
身の丈が小さくなった分
風景の視野が小さくなる
眼下に広がる砂漠は数日前は大河だった
地平線の向こうに林立する巨大樹の森
その少し右後方には
天を突き抜くほどの恐るべき
一本の摩天楼がそびえ立っている
 
時折 生き物らしきものが視界に動いても
関心を持たないぼくには風と同じに過ぎていくものに過ぎない
一切が移りゆく時の中で久しく言葉を使わない
体の各部がその場所で忙しく小刻みに動き
そしてただいつまでもそれを繰り返しているだけだ
ぼくは永久に感じているに過ぎない
ちょうど雨が冷気で雪に変わるように
気流の流れに舞うように
命の底で
感ずるものに反射しているに過ぎない
時は 喜びのようなものと
そうでないものとを交互に運んでくる
 
 
 
 「悪を考える」
 
いきまく地方都市のギャング集団からマフィアややくざ
あるいは無差別に爆弾攻撃を繰り返すテロリストたち
新聞紙上やモニター画面に賑わい
ぼくたちをして語らせようとする意図は何なのか
 
「悪」について履歴をもっている
いまも 四十億年以上も前の隕石の落下が
いっそこの地球に降りかかったらどうすると考えることがある
それは「悪」に届かない「悪意」
しかも全ての生命の糸を断ち切る
それ以上にない「悪意」
 
環境に刺激された思考という意識作用が
ある時は悪意に傾き ある時は善意に傾く
見るところ
悪も善も人間のなすところには限界があり
全てを救済することも殺し尽くすことも出来ないでいる
 
悪を叩きつぶしたいという悪意は
どこから来るのか?
彼らを殲滅したいという願いなのか
被害が身代わりなら加害も身代わりであるに違いない
そうすると 言葉が
消える
その時々の当事者として
その時々に応じた振る舞いを振る舞うほかないと思われる
 
「善も悪も知っちゃいない」と
言い逃れをしていいか
「善にも悪にも人間の小さな知が働いている」として
この小さな知を越える
そういう地平をめざすのだと自分には言い聞かせ
他には口ごもっていて いいか?
 
大宗教の始祖たちの
沈黙する瞳の激しさがうそ寒く感じられてくる
やがて心が 鳥肌立ってくる
「善悪」について きみのように言うことが出来ない



 「生という消費」
 
朝起きて大きなあくびをする
腸から肛門にかけての周辺から
トイレへの誘いの声を聞く
世界からのたくさんの悲劇の報道を昨夜に聞きながら
こんなにものんびりと
ぼくの日常は今日もはじまろうとしている
 
タバコを吸ってコーヒーを飲み
さてリストラされたこの現実をどこへ行くか
あてはないのだ
泡立つ意識の底から46億年の細菌の記憶を呼び覚まし
さて とりあえず玄関でスリッパに足を入れて
この扉の向こうのどこへ行けばいいのか
 
いつもの遊技場に足をのばし
さしあたっての吉凶を占う
これが生業
侘びしげであるか未来の先取りであるか
不要な労働力の吹きだまりであるか
ぼくは知らない生の消費
社会補償制度の充実がさらに進めば
家畜としての生き方は完結するだろう
それで何が不満か
きみならば そういうに違いない
 
何が不満なものか
消費する生を忍耐することは
ぼくにとってこれ以上にない戦いだ
交互に吉と凶とが身体を通過する
こころが両の掌のように虚空を掬う
瞳が見開かれたまま
時を 濡れて流れて行く
ぼくという存在を
どうにかしなければならないものだとは
だれも
思考するな
 
 

 「妄想譚」
 
おいしい料理とおいしい女を食したい
中年になっても本音のところを心に分け入って探ってみれば
そんなことに行き着いてしまう
 
あんまり先行きに時間もなくて
本当のところわずかかもしれない残りの人生をどう生きたいのかと問うてみても
せいぜいこんなところかと思えば我ながら呆れてみせるほかない
もっと後年の人たちが感心するような
高尚な心はぼくの中には宿らなかった
 
たとえば環境問題
たとえば世界の飢餓や紛争に憤ってみせる
社会の暴力 凶悪犯罪 弱肉強食等々に憂いてみせる
そうした問題として扱われる現象はけれども
自分の中の本音が形を変えて外化した姿に他ならない
殺伐とした乾きまたほんのちょっとの潤いが
欲望の処理の仕方を変えてしまうのだろう
 
結局のところぼくの欲望は欲望のままで
達成出来ないものと諦めるか
匂いを嗅ぐ程度のところで我慢するほかないことになる
それはそういう処理をして
ぼくはぼくを始末する
なんて綺麗事にはいかないけれど
時に揺れながらぼくは身を捩る
捩ったその先に悲鳴のように見えない叫びを走らせる
 
どうしたってみんなの幸せが必要だ
つつましいくらいの欲望と
その欲望が充足出来る環境と
充足を知る穏やかな心と他人への思いやりと
それをあっという間に解決する革命が必要だ
現状のままで一瞬に
世界を変えてしまうことはできないか
 
たぶんそれは起こりうるのではないかとぼくは妄想している
全世界の人々の心に閃きのように「悟り」が訪れるのである
これはあまりに恥ずかしい妄想ではあるけれど



 「カンダタの願い」
 
食糧危機を乗り越えた国々では
いまや健康食品がブームだ
なりふり構わぬ長寿の願望はさしあたって悪くない
どこかに 自然な食物の摂取では満たされぬ
新種の不安が生まれているか
 
そう思ってみれば
環境も介護も年金も省エネも情報もボランティアも
精神や心情とかの健康食品として見えてくる
とりあえず飲み込んでしまっても悪くはないはずだ
 
ぼくは長生きを考えない
心が身を苦しめる
こんな人生はどちらかといえば二度とゴメンだ
自然にお迎えが来たならば自然に任すほか仕方がない
できれば静かに息を引き取る老衰を願いたいが
こればっかりはレストランで注文するようにはいかない
 
健康食品を食しながら
飢餓の撲滅運動に従事するなどは笑える
平和運動も市民運動も
あらゆる善意の活動は二重の摂取だ
どちらかといえば不健康きわまる自覚があるのだろう
 
もちろん世のサラリーマンも
健康ドリンクを飲んで仕事を頑張っている
飲まずにはやれない過酷さがあるということか
 
どこか変ではないか
とはだれも言わない
そんな職場に本当に子どもを送り込みたいか
そんな世界に本当に子どもを送り込みたいか
ひきこもりや不登校にむち打って
とりあえず社会に送り込んでそれですんだ気になっていいか
 
略奪や虐殺
組織的な不正や悪の隠蔽
至るところ戦場における非人間的な行いと思考とがそこかしこに転がっている



 「蹲る生」
 
コンクリートの亀裂にパテを流し込むように世間に埋める
インプットされ続けた使命
針のむしろの嫌悪
課される義務は無言の余韻
どこまでも追ってくる
夢の中の蛇
 
見上げてばかりいる視線に遠く及ばない
叫びはいつも聞く耳のない場所
意味のない海へ
価値のない空へ
さざ波のシステムに打ち上げられる
こころという無人の島へ
 
願ったのは平和
願ったのは愛
たどり着いた孤独の島で
間違えた宿題
間違えたテストの問題を反復する
老いてゆく夜と
皺だらけの星と
重たい瞼の朝が雲のように加速して飛んでいく
 
今さら だれにも「助けてくれ」とは言えないんだ
専守防衛を盾に悪意を振り回せないんだ
せめて朝日の中に音を立てて崩れる砂のように
気がつけば消えている
そういうものでありたい
 
 
 「孤島にて」
 
過ぎてゆく一切を見送る
きみは孤島にいて
光を失った瞳の空洞に
風景を記号に変えてそれを記録する
言葉はもう
いつの頃からかきみを必要としなくなって久しい
 
島にはむせるほどに潮の匂いが満ちていて
紅色のハマナスが青い空の風に揺れている
屈託のない白砂に
両の足を杭のように立て
きみはもうどれほどの時を注がれてきたのか
切り取られた穏やかなポートレートの中で
時は白髪に変わってゆく
 
あれもこれもやり残したことは全部
涙の文字といっしょに砂山に埋める
小さな微笑みだけを残して
波は地上の痕跡を深海へと運ぶ
数羽のウミネコが
気流をからかうように空中に漂って
一声二声
オノマトペを鳴いている
 
きみよ あるいは若き友よ
きみの肉体は奴隷となっても酷使に耐えられる
きみの精神は死刑者の残された猶予の時間に耐えられる
きみの内臓は飢餓に耐え
きみの言葉は重い課税に耐えられる
 
失うものなど何一つないこの孤島にいて
きみは全世界の重さを耐えることができる