島尾敏雄の痼疾
 
              2014/05/05
 島尾敏雄の対談集『平和の中の主戦場』は1979年7月に冬樹社から発行され、この書の題名ともなった吉本隆明との対談が『平和の中の主戦場』と題されて巻頭に掲載されている。
 作家島尾敏雄といえば、すぐに2つの系列の作品群を思い浮かべることができる。その1つは、いうまでもなく、太平洋戦争で魚雷艇に乗り込む特攻出撃を命じられながら、待機のまま終戦を迎えた第十八震洋隊隊長としての体験を綴ったものである。そしてもう1つは、「家庭の事情」「病妻もの」などと呼ばれる、妻との諍いを綴った一連の作品群である。
 この時の吉本隆明との対談でも、このふたつの系列の作品群がテーマとして取り上げられており、これにまつわる両者の率直な考えが語られている。いや、実際は「死の棘」を中心とした「病妻もの」関連について述べられているのだが、両者が共通に認識するところでは系列の異なる2つの作品群には根底においてつながるところがあると見なされており、その本質的に共通する部分について多く言及されているということだ。それはたとえば以下のような吉本の言葉からも伺い知れるように思われる。
 
吉本 この作品(「死の棘」―佐藤)の主題になっている事柄と、それから逃げないつき合い方とは、そのパターンが戦争中の特攻体験と同じだと僕には思えるんです。
 
 島尾敏雄は、戦争体験に題材をとった作品群においても、神経症を病む妻との関わりに題材をとった作品群においても、それぞれ非日常的な中の「日常」を、精密に再現する手法をとっていると見てよいと思われる。そしてもっとも特徴的なことは、それらの体験から人間が生きるという時の意味や価値を引き出して、読者に提示するということをしないことだ。
 かつて、特攻隊長という特異な経歴を持つ島尾敏雄の「戦争もの」に、どのような反戦思想や平和思想が隠されているのかを期待しながら読んだわたしは肩すかしを食らった感じを持った。また、「病妻もの」を読んで、どのような人間的な崇高さの価値に触れることができるのだろうかと期待したものの、ただ無限奈落が続くだけの展開に逆に激しい疲労ばかりを覚えたものだった。なぜ。どうして。島尾作品によって運ばれて行った精神世界の先には、空漠が示されるだけで、それは衝撃として内面の奥底にどこまでも沈み込んでいくばかりのようであった。
 島尾と吉本のこの対談でわたしの注目を喚起するのはふたつのことだ。
 ひとつは神経症的な発作を繰り返す妻につき合う、その徹底したつき合いというものについてである。
 もうひとつは具体的には次のような応答の場面である。
 
吉本 それが大変な特徴だと思います。もはやこの人は超越したとか、どこかに救済を見いだしたとはとても思えない。あるのは重い持続性というか、無間地獄というか……。そこで、誰だってこういう状況では自分のようにしか振舞うことはできないよ、といった体験的確信はついに島尾さんには訪れなかったわけでしょうか。島尾さんを救済し、読者を救済する、そういうものは何かないでしょうか。
島尾 そこが問題ですね。そこを一跳びジャンプすれば、そういう姿勢がとれると思うんですがね。それがわからないというか……そういうジャンプができないんです。
吉本 ジャンプするとあるいは自分に嘘をつくことになるということですか。
島尾 いや、自分に嘘っていうんじゃなくて……なんて言ったらいいか……人間、いつの頃から人間になったかわからないけど、まあ虫ケラみたいなのと違いますよね。しかし、神様の眼から見たら虫ケラのように見えるんじゃないか、そうするとジャンプしてもしなくても同じだという気がするんですよ。人間の世界の中では、ジャンプを基準にしてお互いを見てきているし、そういう見方で歴史をつくってきているようなところがあるでしょう。それはよくわかるんだけど、歴史といっても虫ケラの世界と同じように移り変わってきただけじゃないか、やっぱり人間も虫ケラじゃないかという気持ちがありますね。だから、人間はたいていジャンプしようジャンプしようとしているけれど人間の世界にもジャンプしない世界だってあると思うんです。ちょっと飛躍するけれど、どうしてジャンプしなければいけないのかってね。
 
 いま始めに前者について考えつくことを述べてみる。
 「死の棘」をはじめとする一連の「病妻もの」の世界を少しばかり粗っぽくとらえれば、まず主人公の浮気があり、そのために妻が精神障害に陥り、発作を繰り返して主人公である夫との止めどない諍いが延々と続くということだ。さらにおおざっぱに言えば、そういう状態の中で日常的な家族の生活は成り立たなくなり、精も根も尽き果てて心中を試みるなどの極限にまで泥沼化していく。しかし、この夫妻は死からも引きはがされる。心中は成立しなかった。
 その間にも幾度か妻の神経的精神的な治療を試みるが効果はなく、最終的には夫婦で精神病棟に入院して治療を受けることになる。そしてそこでもまた、夫のかつての行為をなじる妻との修羅場が繰り返し描写される。
 島尾敏雄が描いたこうした夫婦の描写を思い起こしてまず思うことは、個人の体験としてここまで赤裸々に自分をさらけ出して他者とつきあった経験がわたしには無いということだ。仮に自分が夫の立場だと考えれば、はるか以前に居直ったり、離婚などして関係を解消するに違いないと思える。小説の主人公ほどにわたしは耐えられないだろうと、そういう思いが真っ先に浮かんでくる。そしてそれが普通の、少なくともわたしたちの周囲に存在する世の男たち、夫たちの一般的な在り方ではないだろうかと思える。
 そうした意味でも、島尾敏雄の描く夫婦の世界は他に類例のない世界をわたしたちに垣間見せたと言ってよい。
 これらの小説の主人公の生活や世界は、しかし、わたしたちの生活や世界と隔絶したものではない。反対に、いつでも、いくらでも、主人公が突入した世界にわたしたちもまた突入する契機は転がっている。何が主人公とわたしたちとを隔てているのだろうか。
 ここでわたしが思うのは、他者、あるいは他者の心に対する主人公とわたしたちとの心的な相違だ。これを言ってみれば、他者や他者の心を渇望する度合いの違いと言ってみることができる。言い方を変えると、他者や他者の心を知りたい願望がこの小説の主人公では極度なのだと思える。そこから、妻との徹底したつき合いが生じているのではないかというのがわたしのここでの仮説である。
 わたしは少しだけかもしれないが、これらの小説の主人公夫妻の心的な関係性の世界に羨望を感じたことがある。そこまで心をすり合わせることができれば、これはもう本望と言うしかないではないか。そんな気がしたこともあるし、いまでもその思いはちらつく。たぶんわたしたちもまた何ものかを渇望しているからに違いない。
 拙い考えのついでに言えば、少なくとも主人公である夫の側からは、妻とのしだいに組んずほぐれずする心的な垣根のない状態は、母親と胎児とのそれに酷似するように感じられる。もっと言えば、主人公は母親との胎児の時の心的な交流を追体験したがっていたかのように想像される。もちろんこれはわたしのまったく根拠のない勝手な想像ではある。だがわたしはいまこの想像を打ち消せないでいる。そしてこの拙文を書き出した。ここから考えれば主人公あるいは島尾敏雄は、わたしたち凡人には為しえない希有な体験を持ったと言うことになるが、その衝撃の世界は特に島尾敏雄という作家を選んで開示されたと言うほかはない。わたしたちには望んでも得られない世界であろう。
 さて次に、後者となる「ジャンプ」について思うところを書き留めておきたい。
 分かりやすく言えば、吉本と島尾がここで「ジャンプ」と比喩しているところは、島尾の戦争体験やその後の夫婦の体験を通過しての、抽象的な結実、言いかえると思想や理念への昇華ということを述べているのだと思う。島尾敏雄は吉本への応答として、自分にはそれができない、そしてそうしたくない気持ちも幾分か持っているのだということも語っている。
 ここを読んで思ったことは、人間の精神史を考えた場合、普通一般には、島尾敏雄が体験したような極限の体験から必ずや教訓めいたことが残され、それを積み重ねて人間の歴史はつくられて来ているということだ。わたしたちは無意識にそれを肯定しているし、それが当たり前だと思い込んでいる。そしてそうした知的な上昇は人間の歴史に必須のものだとも考えてきている。そしてそこから、日々よい悪いや生きる意味や価値を手探りしながら生きていると言っても過言ではない。
 しかしながら、島尾敏雄はここで、神の視線から見ればそういう人間の世界も虫ケラの世界に埋没するものにすぎず、極論すれば両者の相違は目糞鼻糞の類に過ぎないのではないかというような意味合いを語っている。
 これを少し引っ張って考えると、島尾は現在までの人間の歴史における精神史を、全否定しかねない問題を提起していることになる。もちろんそのような大げさなことを島尾はここで意識して口にしているわけではない。けれども、どちらかといえば常識的ではない島尾のような考え方は、逆にわたしには新鮮な考えのように受け止められた。どうしてわたしたち人間は常に知的な結実に目を向けて、どうかすると窮屈な生き方に自分たちを制限しようとするのか。そういう反省が強いられる。人間の精神は、かくも重たい持続性や無間地獄に耐えられない、華奢で壊れやすいものでしかないのではないのか、というようにも。わたしたちはそんなもので人間社会を構築し、かつ生物の社会全体の上に君臨してきたと自負している。人間精神の崇高さ、無限性、そんなことも考えてきた。けれども宇宙の創造、あるいはたかだか地球の自然を前に下だけでもわたしたち人間が獲得しているものは小さいのではないのか。
 だが、だからといってわたしたちの精神の、意識の癖というようなものを、わたしたち自身によって変えるということはできない相談であろう。島尾敏雄もまた、精神の働きを駆使して知性の働きによる理念化を拒否してきたに過ぎまい。あえて保留と宙づりに耐えてきたに過ぎないといえば言える。わたしたちはどうあっても虫ケラの世界に同致することは不可能である。
 いや、ここで島尾敏雄が語ろうとしたことは別のことかもわからない。
 ジャンプするということ。もしかすると島尾は、それは人間の弱さから来ているのではないのかとここで言いたかっただけかもしれない。ジャンプして、何か真理のようなものを発見した気になって、実は安心立命とか救済につながるようなものとかを欲しているだけではないのか、というように。確かにわたしたちはそれがないと不安であり、あるいは居心地悪く落ち着かないということがある。人間社会は常にそれを求めてきた。もしかすると類にとっての単なる自己慰安、自己満足を得るためのものでしかなかったと言えば言えそうな気もする。
 実はわたし自身もまた、このところ思想的、理念的なジャンプの道を探って汲々としてきた一人である。そこには何か、自分というものを形あるものに成したいという欲求が潜在していた。ある種の上昇志向であろう。島尾敏雄の言葉はそんなわたしを鋭く射抜くもののように思われた。もう少し、ジャンプすること、しないことについて考えを詰めていかなければならないもののように感じられた。