言葉の遺棄へ(3・11以後)  2013/11/05
 
 T
 
その時、ぼくたちの心は寒さの中に小刻みに震えるだけだった
闇の中にじっと肩寄せ合う小鳥のように
知覚の息づかいに身を任せるだけだった
 
地の底を走り回った後で
そいつは大洋を押し上げ大きな津波をこしらえた
浜通の商店街を駆け抜け
人々と一緒に海辺の日常を海底に引きずり込んでいった
浜が消え町が消え人たちが消えた
 
ぼくらは黙り込んだまんま
何ごともなかったかのように過ぎていきたかった
けれどもその後で遠くから喧噪が押し寄せ
沈黙に亀裂が走り
亀裂の中でぼくたちは腐乱していくようだった
 
ほったらかしは辛いが
お仕着せのリズムはもっと辛い
静謐を乱す不協和音がぼくたちを被う
 
いや
べつに
(ほっといてくれてもよいのだが)
・・・
ありがとう ね
 
精一杯にそういうと
たちまちそれは日常に変わる
遠慮やすれ違いや桎梏が
以前と同じに強いられてくる
 
(こんな時人間は、植物や動物たちよりもちょっぴり不幸なのだな)
 
(マスコミがやたらに人道的なコメントを繰り返す。あわせてアーティストやアスリートたちが無償で被害地に足を運び、人々を励ます。自衛隊員が、一般のボランティアが、瓦礫処理に汗を流す。日本的な助け合いの精神は、今もむかしのまんまだったか。)
 
 U
 
あの時
肩の高さに上げた腕は孤独に
虚空をほんの少しだけずれた
時空を斜めに亀裂が走り
必然と冗談とが入り交じった
 
被災地には被災者と
被災者になりきれない被災者とがいた
もちろん社会にとって
場合によっては「言葉」にとって
そんなことはどうでもよかった
 
人間も半壊以上にならなければ
被災としての未熟者扱いとなる
もちろん
そんなことはどうでもよかった
 
 V
 
ぽかんと ただ孤独である
 
悲哀
悲痛
悲傷
悲泣
悲憤
悲惨
悲運
悲観
 
慈悲
悲願
悲母(ひも)
大慈大悲
 
 W
 
名もない小人ではあるが
正義の人であり
公正の人であり
富に屈せず
貧に窮せず
誇りの人である
あるいはまた
思いやりの人であり
利欲に離れた人であり
真を愛する人であり
反省の人であり
率直の人であり
放棄の人であり
平らかな人であり
鋭き人であり
叡智の人である
 
なぜ生きるか
ときに
∧命∨と言ってよいほどの存在の奥処から
激しく炎が噴き出して∧ことば∨と化す
∧ことば∨は個を越えて
死ぬ意志を持たない
 
 X
 
いったん静まりかえると
一瞬に二万もの人間を呑み込んだ
巨悪とも思えない
 
じんわりと
逆回転の映像を見るように
日常回帰の足跡を辿っているかのようだ
切ないモノクロの姿で
 
ところで
絆も支援も救援も
もちろん現金も物資も
テレビ画面の内側にしか
見ることがなかったのはなぜか
ただ恐ろしい目を見たばかりの貧困者には
未曾有の災害さえもがよそよそしく
希望ばかりか絶望までもが
奪い取られてしまった
 
 Y
 
上を向いて歩き続けることはできない
首にぶら下がった重たい心に
雨または雪
もしくは塵埃や放射性物質が降り積む
 
下を向いて歩こう
落としてきたものも
いつか見つかるかもしれない
それよりもなによりも
これ以上何かに躓いて
悲しい思いをしないためにも
取り返しのつかない
後悔を
繰り返さないためにも
 
さようなら
さようなら
さようなら
いつだって両の目は
ただひとつのもののために
彷徨い続けてきたに過ぎないのだから
ただひとつのことを
ただひとつのことのために
 
 Z
 
ある日小さな穴をひとつ見つける
次の日小さな穴の周囲を見渡す
また次の日小さな穴の周囲を嗅ぎ回る
また次の日は耳を澄ませる
 
意を決して穴に入る
入口付近で引き返す
 
これらの手順を数日かけてやり直す
そして
いつまでもひとつ事を繰り返す
 
 [
 
奥処に刻まれたものは
つまり
恐怖や不条理は
言葉に表象されない
だから罹災者たちは沈黙の堅さを知っている
知っている
 
沈黙はひとつの表現であり
言葉や音や絵といった形をとらない
表現を拒絶した表現である
 
むかしから人々は
過酷な状況を乗り越えようとするとき
決まって沈黙を共有した
その時人間は
草木へと先祖返りしているのかもしれない
 
すると
メディアに飛び交った言葉
この国の民衆の同情や善意の会話
政治家の政策論議
有識者の会議
それらの賑わいはことごとく
拒絶した向こう岸の騒ぎにすぎなくなる
そして
例えそれらのおしゃべりが
跡形もなく消えてしまったとしても
鎮魂の石碑が倒れてしまったとしても
表現を拒絶した表現として
恐怖や不条理の記憶は
遺伝情報内に年輪のように刻まれる
だから
風化しがちなものが風化していくことを
過度に恐れるな
語り継がれないことに危惧を抱くな
全てを言葉の冗舌に託して
安心を得ようとするな
それよりも
個体の心身に耳を当てて
遠い時代の
恐怖や不条理の封印を解き放て
そうした方法の発見と
発見した方法の後代への伝達こそが
もっとも新しい課題だと思える
 
 \
 
欲しかった
「タンポポの花一輪の信頼」って
ナニ?
 
 ]
 
『ダレニモワカラナイ』と
あれから2年の歳月を経て
本当の罹災者は誰もが辿りつく
老若男女の心の一つ一つが
ぽつんぽつんと
たったひとりで傷んでいる
<出会えない>
 
薬も包帯も役に立たない
介抱に込められた思いやりの手つきも
死角のように届かない
 
朝 目覚めて半身を起こすと
呻き声が部屋の中に聞こえている
『ヒトリデアル』ために
『ヒトリデアル』ひとにしか
語れない言葉に
取り憑かれてしまったひとには
離れた視線でしか
聞くことができない
 
 @
 
知にはたらくひとが
小石の間にそれを求めているときに
大衆と呼ばれる人々は
ひととしての生活にずっぽり浸っている
 
知は無知を無知と言うが
無知のひとはただ
生活の流れの中に頭をはたらかせる
また 知は無知を無知と言うが
無知のひとはただ
知が無知について理解できないのを
知っている
そうして心の奥のどこかで
『お前らに分かるわけがないさ』と
蔑むことを忘れてはいない
 
無為と徒労を含んだ生活に
考える行為を拡散することと
職業的に知的に営為することとに
優位とか劣位とかの区別はない
頭がよいとか悪いとかのことでもなく
頭のはたらかせる用途や向きが違うだけだ
例えば左脳と右脳が違うように
 
政治家や役人や学者やジャーナリストに
罹災者の考えや心が分かるか
分かった上で自分の知を奉仕しているか
ありきたりの行政的救済など
『お前らに分かるわけがないさ』と
蔑まれるに過ぎないことを
本当に分かっているか
 
 A
 
詭弁が小便となる
時折大便が混じる
いいくるめて
ごまかして
見かけだけは正しいかのような
「言葉」の使い手たち
 
学者が言う研究の成果
報道の取材とそのパッチワーク
政治や行政や企業の側の
「発表」にまつわる利己の隠し方
勉強になるなあ!
実際
勉強になった
 
本当のことは隠せ
本当のことは隠さずに言え
知の人もそうでない人も
結果は自分の名を上げ
自分を自分以上の者にする
そういうことで終わってしまっている
のじゃないか
 
現実は好転しない
現実は大山鳴動の割に
常に最速を持って好転した試しはない
 
 B
 
震災と異常気象とが極悪の自然のなせる技だとしても
エリートに属する人間たちの世の悲惨凄惨を悪用する巧妙な謀りに較べたら
わたしたちには耐えられる
耐えるほか無いと諦められる
 
日本という国の中枢に巣くう集団の考え出す政策や慈善や理想が
心や魂のない職業人のそれらに過ぎないという長い長い長い激甚の連続に較べれば
わたしたちの目の前の荒廃の光景よりも
はるかにこの知的心情的荒廃の光景は
ブラックホールのように過去と現実と未来の
人間の希望と理想の悉くを呑み込んでしまうかのように見える
 
残された人間の絶望と苦境はひとつの生命と同じくらいに重たいと
職業の使命や制約や
個人のキャパシティーを超えて
胸に響かせられる
アジアの人はいない
本当を見つめ
本当に本当の世界を実現しようとして
本当のために傷つき
本当のために苦しむ人は
いない