仮題身体という言葉 
 
 「歩く」
 
さびしくてもいい 地球にも雪が降り積む
そんな日には 時間で出来た燃料に暖を求める
声がとどかなくてもいい 星々は光っていて
地球もまたみんなの中の一つだから
 
生きるってたくさんのことに出合うこと
考えずに呼吸をしたり
窓の外を眺めたり
お茶を飲んだり
意味無く肩を回したり
鼻をかんだり
横になったり
 
生きるっておかしなこと
草をちぎったり蹴飛ばしたり
棒を折ったり振り回したり
水たまりに入ったり飛び越えたり
小石を拾ったり投げたり
木の実をもぎ取って
口に入れたり吐き出したり
 
生きるって記憶を忘れること
忘れた記憶を諦めること
新しい記憶を身の回りに探すこと
忘れていた愛を灯籠に流して見送ること
 
生きるって
答えが喉まで出かかっていること
ふと 小さかった頃の子どもにもう一度出逢いたいと心がもだえること
若き父母にしがみついた日々を夢見ること
忘れられない風景を忘れないこと
体を立ち上げて
また 歩き出すこと
 
 
 
 「夢」
 
「あなた」に届かない溢れる想い
愛と呼ぶしかない切なさを
たぶんたくさんの人が背負って
そうしてそれを背負ったまま
 
雲のように消えていく
消えては現れ 現れては消え
それはあなたそのものではないし
あなたのものというわけでもない
 
独りの時
毅然として
正しく美しく
自分の中で自分に向けて「あなた」への愛を叫ぶことが出来る
 
もうそれだけで
愛は「あなた」に憑き
その証として
あなたに苦しい喜びがはじまる
 
背負ったまま受け継がれてゆく
それが 夢だ
 
 
 
 「本当のことを生きてみる」
 
自由という名の空虚を埋める
ぼくの生活にはそれがない
それが必要なのかと問われたら
埋める先から自由は失われ
それはそれで七転八倒を繰り返すだろう
 
結局寂しい生活の中で寂しさを友として
にこやかに微笑みそして立ち尽くし
人々の喜びと苦しみとを自分のことのように生きていく
ほかに 成したいことがあるでもない
このように生きねばならぬとつなぎ止める糸の先に浮かぶでもない
 
あの頃
にぎやかな雑踏を野良犬のようにうろつき回った
餌を求めて従順になり
腰を落として商いの入り口ではいずり回った
愚かさ加減のちょうどよい少女に恋をして
家庭という名の掘っ立て小屋に住む
それからはずっと
食うために個性としての自暴自棄を抑えて生きてきた
あらゆる理不尽と不自由と不条理とを耐えてきた
 
ある日神のお告げではなくて
気のせいであるかのようなかすかな時報を聴いたのだ
「本当のところこれから先どう生きようと願うのか」と
もちろん答えることなんか出来るわけがない
ただもう 人並みに幸せすぎた半生を過ぎてきたのだから
これ以上の幸せを望む気もなく
「生きることからの引退」を決めたのだ
 
笑ってもらっていい
馬鹿なと蔑んでもらってもいい
そんなことはもうどうでもよくなった
そう決意したところで何も変わらない
空虚は空虚のままで
寂しさは寂しさのままで
ふらりふらりと漂っている
もう「本当のことだけ」の興味に引きこもる生き方を試してみるほかに望むことはない
 
 
 
 「生きることの選択」
 
産み落とされたあなたは火がついたように叫びながら
はげしく大気を体内に吸い込む
やさしい世界というゆりかごの中で
神のようにあなたを見つめるまなざしがある
まなざしから流れてくる音楽に包まれ
あなたの呼吸もまた波のように穏やかに流れるものとなる
 
生きるということのはじまりは
全身を痙攣させるように
のたうつことの能力の発現にはじまる
そしてその激しさは死の訪れまで皮膚の裏側に潜行する
死が死後の世界に産み落とされると考えられるのはそのためだ
 
生まれた時からあなたは生死の吉兆をさいころ一つに賭けている
それ以後の人生のどんな賭博にも負けない大きな賭をすまして
それ以上の苦難がこの地表のどこにあるものか
緑なす山々とうねり続ける紺碧の波はあなたの食糧倉庫となり
太陽の光が闇が風が雨が
そうして大きなまなざしの語りかけることばが
あなたの意識を意識という形へと導いていく
 
やがてあなたは立ち上がりよろけては転ぶことを知る
あなたは転ばぬための身体調整をだれから教わるでもなく
自らに備わる力によって苦もなくやってのける
ひたすらの繰り返しの中で
 
時を経て
教わらなければ生きていけないと世界が教えても
そんなことばには微笑んでみせればいい
決して信じなくていい
それは世界の中のごく限られた世界に流通することばに過ぎない
 
今あなたが転んでいるとしたら
それは自分の中の能力を引き出すための
あなた自身の一つの試みである
あなたはただ嬰児のように世界に向かって叫び
叫ぶことで連動する身体の動きに任せればいいだけだ
 
 
 
 「願いの前に」
 
人はどう生きればいいか
どう生きてもいいではないか
その狭間に揺れ
揺れながら狭い家の中をうろうろ
本意ではない社会とのつながりは薄く細く
社会から引きこもる家族
その家族の中で
自由はちぐはぐな一人一人に分散している
 
どう生きたっていいではないか
ではない
どう生きようとするのか
どう生きたいと願うのか
 
疲れ切り病弊した父の像を背負い
十字架の坂を上ってゆく
足下の地に這い蹲った植物たちが知らせる
かすかな匂いに
生きている実感が体内を駆けめぐる
わずかに知る
いつも
願いの前に抜き差しならぬ現実があり
精一杯を歩いてきたのだと
 
こうしか生きられない
願った生き方は
ぼくを宇宙の彼方に置き去りにする
 
 
 
 「明日のない平和」
 
大きな伸びをして
一日をゆるゆると過ごそう
あくせくしたってはじまらない
なまけものはなまけもののまんまで
カレハカマキリはカレハカマキリのまんまで
とりあえず今日を送ったと
その繰り返しが生きていくということ
 
じたばたするだけが大切なのではない
何でも欲しがることが必要なのでもない
ニコニコと 時にはらんらんと
こころの波打ち際を行ったり来たり
まなざしは足下に
悲しみは大空に打ち上げて
 
この年になっても
ぼくには教わった生き方が出来ないようだ
それで人間を辞めなければならないかというと
存外そうでもない
だらだらと日々は続き
その場しのぎの好き勝手なことをして
飲んで食べて眠り
不思議なことに誰とも出会わない
賑わう社会の真ん中の真空地帯
交渉が無くったって生きてはいける?
 
明日のない平和なんて
虫たちでさえ動じないで送っている今という瞬間さ
これ以上のことを望んでどうする?
 
明日にはたぶん明日の生き方がある
それは 明日になって分かれば
それでいい
 
 
 
 「旅の途次にて」
 
いずれにしろ私という速度の内外に
時は刻まれなければならない
目の前の風景の時間がたとえどんなものであるにせよ
数ある選択肢の中からの選択を私は拒絶する
だからといって私は立ち止まるわけではない
運ばれるように思えるその行き方で
私は私の身を未知へと開放する
生きるということは
私には何ものにもまして一つの冒険になる
 
たえず こころをとらえて放さぬものがある
風景に開きながら
開いたそのままの姿で実は過去のどこかを訪ね歩いているようなのだ
それが分かればこの旅の意味もつかめるのだと
思いなしている節がある
言ってみれば生まれ落ちた時の瞬間の
いや 感じることをはじめた瞬間の
ああ そうではなくて
私にとっての初めてのこの世界が
何であったのかと
どう感受されたのかと
私は現在に濡れながら遠く思いをはせている
 
世界は本当に私の生誕を迎えてくれたのか
私は本当に暖かな光の中に産み落とされたのか
地平線を端から端まで線のような視線でなぞりながら
私は私の無意識の核をなぞろうとしてきたに違いない
さしあたってその謎が解ければ
と同時に謎が解けることへの不安
 
たぶん 全てのひきこもりには理由がある
ひきこもりながら閉じてしまうことが許されないこともまた
ある必然をともなっている
私の旅は
まだ始まったばかりのようなのだ
私は今
目の前を流れる
いくつもの流星群を見送ろうとしている
 
 
 
 「風の願い」
 
冬のふきっさらしの風の中を
空っぽのこころを抱えたまんま
身体が進んでいくよ
視界は霞んだまんま
悲しさは驚いていたよ
 
少しだけ頭に休んでもらったんだ
そうしたら身体はどんなところへも行けたんだ
身体は泣かなかったよ
身体には絶望も孤独であることの寂寥も
はるかに遠い出来事だったよ
 
身体のうち
心臓などの内臓系が休み無く働くのはなぜだと思う
だから進もうとする身体を止める理由なんかないんだ
そうぼくは思った
 
それからはぼく自身
ぼくというものをこころと身体の両方で考えてきた
こころだけでもなく身体だけでもなく
バランスを考えることが大切なのだと
 
荒れ果てた砂漠に住む植物や動物
人工に占められた都市空間の隙間に生きる植物や動物
みんな空の中に色を味わって生きているさ
見えるはずのない結果を気にして生きていはしない
 
今この時きみが何ものかなんて世界は知ったこっちゃない
そんなことはごく当たり前のことだ
ただこの冬のふきっさらしの風の中で
抱え込んだものをもてあますきみが立ち尽くしているとして
きみにぼくの声が届くのかどうか
そしてきみにきみの頭を休ませる時間が訪れるのかどうか
それだけが風となった風の願いなんだ
 
 
 
 「もっとも大切な何か」
 
今にして思えばどうってことがない
失業と社会的な孤立
友だちともすべて遠い昔に離ればなれになった
 
今にして思えばどうってことがない
大勢の中での存在から喚起される不安
試験が悪くたって仕事がうまくいかない時があったって
それで少し不遇を味わったことがあったとしても
 
その時々には生きるか死ぬかのように追いつめられた気分になったことの
そのほとんどは忘れてしまった
どうしてそんなことに汲々としていたのか
生きるということのもっとも大切な何かを
誰にも教わらなかったし
自分でも気づかなかったと言っていい
 
病の手前に病める子供たちそして若者たち
勉強や運動がうまく出来ないこと
周囲から評価されないこと
友だちを作れないこと
さまざまの悩みに未来をふさがれた思いになったとして
本当はそんなものは全部どうってことがない
訪れない「死」のように
自分が体験出来ないことの全てのものの中の
ひとつひとつに過ぎない
つまりそれが「生きている」ということ
自分の手につかめないものがあるということ
つかんだ時には雪片のように消えていくもの
 
この詩を読んでふと物思いにふけっているとして
きみの心臓は脈打ち
きみの肺は呼吸を繰り返しているでしょう?
瀕死のきみを黙って抱きかかえてあまりあるその力以上の何が必要なものか
その余のことは付録でありおまけであり
きみを主人公とした物語がただ進行していくだけなのだ
その続きをぼくもきみもどう紡いで行くか
もはやその先だけが問題になることだ
 
 
 
 「語りたいことの過去」
 
 そのひとつ
 
 少年の日に、夕暮れまでに飽きずに続けた魚釣りのことがある。
 川の流れの中に浮かぶウキを眺め、いつまでも水面を見つめていた。時折、蚋にさされる足を掻きながら、ウキが水中に引き込まれるのを待っていた。水の中では、大きな魚がねらいをつけていて、今にも餌のミミズに食らいつこうとしているのだと空想しながら。
 土手に生えた小さな木の、茂った葉で出来た影のあたり。または水草に覆われて、流れが緩くなったその下手のよどみ。糸を投げ入れては、期待して待っていた。
 その時の、ぼくの瞳はどんなだったろうか。生き生きと、実に生き生きと輝き続けていたに違いないのである。
 やがて、陽も落ちて母の呼ぶ声が聞こえてくる。それでも、まだ続ける。
 刻一刻と暗さが増し、時の経過が、呼吸と一緒に感じられ、周囲はすっかり闇に紛れそうになるその時、ウキは動き、境界を失ったどこまでも深い闇の底から銀の色が浮かび上がって、踊りながら目の前に近づいてくる。予期せぬ大物がかかったのだ。
 胸の鼓動を抑えながら道具をまとめ、急ぎ足で戻って家の戸を開ける。母親に獲物を差し出す。興奮で口ごもる私の顔は、たぶん私の心以上に心を表現できていたのではないか、そう、今でも思えてならない。
 
 
 またひとつ
 
 家の前に、川幅三メートルほどの川が流れていた。ちょうど前にはコンクリートの堰があり、流れを堰き止める時にはコンクリートの間に板を差し込む作りになっていた。飛び石のように四ヶ所ほどの凸凹が出来ていて、よくそこを飛び跳ねて遊んだ記憶がある。
 川の向こう百メートルほどのところには村に一軒だけの商店があり、そこへ行くにもその堰を飛んで渡り、田んぼのあぜ道を突っ切って行くことが多かった。
 季節はたぶん初夏のことだったと思う。いつものように堰を越えて向こう側の土手に渡ると、一匹の猫の死骸が目に入った。一瞬目をこらし、それから、目を背けるふうだった。そして、よけるように小さく迂回しながら歩いて、たんぼ道に向かった。
 何日かそうしていると、だんだんと臭いが強く感じられるようになってきた。子ども心には、得体の知れない怖さがあって、まともに死骸を見ることは出来なかった。でも、あまりにも臭いがきつく異臭を放つようになったので、ふと死骸をうかがうと、腐っていく死骸の中にうごめく白いウジ虫の姿が目に飛び込んできた。意識が、「げぇっ」と声にならない声を出したと思った。
 その目にしたものといい、腐ったきつい臭いといい、記憶から消し去ることが出来ず、なぜか、今でも夢に現れては消え、夢に現れては消えしているのではないだろうかと想像されてならない。その光景は、私に何かを教えるでもなく、告げるでもなく、私にはそこから今でも何も読み取れはしない。ただ幾度も幾度も、思い出そうとしないのに、思い出してしまう光景のひとつとなっている。
 私の脳が切り取ったその光景は、写真のようにデータとして脳に保存されているのだろう。それに、「私」は、いっさい関知していない。にもかかわらず、時として蘇ってくるのはどうしてか。
 これらのことから、唯一、考えようとすれば考えられるかも知れないと思うことは、「生きるということ」は、案外こういう保存された感覚のデータに、奥のところでは左右されているのかなという思いだ。その時々の私の意識や意志を規定してきた、そう、かすかに思えると言ってもいい。
 それはもちろん、どんな根拠もないといってしまえばそうに違いないことで、この先、誰に語ることもなく、ただ相変わらず、ふと私は思い出してしまうことになるのだろう。そう思っているという、ただそれだけのことだ。