「日の囲い」
 
ためらいと尻込みと
少しばかりの勇気の後で
そっとネクタイを首から外し四つにたたむ
 
中世の出家のつもりじゃ決してなかったんだ
まして一言芳談の世界でもない
 
見ているものは変わらぬ今日
一日の終わりに妻とながめる花一輪もない
 
明日からは
また一から始まるだけのことだと
大きく伸びをして
その一からがなかなかやってこない
そう言えば
何度か0は手にしたが
自分の手で一を呼び寄せたことはなかったことに気づく
 
いつだって
機会は向こうからやってきて
手身近で手頃なところを選んで
運命というものに任せて生きてきたんだ
やってくる機会というものがなくなれば
ちり落ちた花弁のように
物言わぬ小鳥のように
 
けれどもこれはほんの
団地の片隅
新聞の臭いのする活字の裏側
テレビカメラの死角
全て明るい日差しの下の光景
 
不意と鳥瞰すれば
活気ある町並みの光景のはずれから
普遍の森は取り囲み
 
ぼくは心に砂漠化のフィルターを掛け
感じるように瞳孔を開いているに過ぎなかったのだ
 
 
 
 「浜辺の端っこでエゴを叫ぶ」
 
八月は自虐と加虐のコラボレーション
狭間で透けた湘南の水着
こちとらには縁もゆかりもパブの姉ちゃんもないんだと
仕事探しに奔走する振りをするぼく
横目で見かけた砂かけ合うアジアの不機嫌は格別だ
まるーいヨーロッパのサークルが
海の家にたむろして笑っていた
 
靖国なんて行ったことはないんだ
もちろんヒロシマもナガサキも
アウシュビッツも真珠湾も知らない
南京虐殺も教科書問題も
何にも分からないんだバカヤロー
コイズミともキムジョンイルとも親しくしたことがない
ついでにイラクもフセインもブッシュも
アフリカの貧民も難民も全て知らない
飢えて死ぬ
赤ん坊一人抱いた覚えはないバカヤロー
 
平和には二通りのやり方があって
一つには一個一個ミサイルを増やすように
善を積み上げていくやり方があり
もう一つには一個一個のミサイルを減らすように
悪を消去していくやり方がある
どちらがどうだかはぼくの知ったこっちゃないが
ぼくは大きく悪いことはしてねえよ
地道に生活してきた
それなのに
一度仕事をやめたらなかなか次の仕事にありつけねえ
五十越えたら駄目なんだと
資格を持たなきゃ駄目なんだと
 
夏の浜辺は至って陽気に
「善」印の旗がハタハタハタハタ
その下でムンムンムンムン
手八兆口八丁が汗にまみれて踊ってらあ
愉快だね
楽しいね
仲間になりたいね
でもさあ 役に立たない奴は駄目なんだと
 
それにぼくはまだ仕事が見つかってないし
こんな楽しいところでそれこそ不安に駆られている
仕方がないからバカヤロー
反対側に向かって叫んでこの浜辺を走りすぎる
 
『本当に分かってねえのはお前らじゃないか』
 
 
 
 「八月」
 
ちくしょうめ言っていやがる
あいつもこいつも恥ずかしくはないのか
夏草の哀れに丈高くのびた間延び
陽と雨とに促され
八月の平和
蝉時雨
 
降ってくる白の閃光
へばりつく地表の無残
耐えられぬものだけが落下して
変わらぬ今日が変わらぬ明日に見えてくる
 
意味あるものはなに?
白くきれいな野良猫が聞いている
その目の意味ありげな
伏せ方に
少年は確かに魂を抜かれた
「さようなら」を言う代わりに
「あ、ねこ・」と呟いた
 
ちくしょうめ
平和川を流れゆく死体
見ぬふりをして流れてゆく「オレ」
恥ずかしくはないのか
気がつけばあいつもこいつも流れていやがる
八月の灯籠流し
 
冗談じゃない
「まっぴらごめんなすって」と言ってみたいじゃないか
少年に殺意を全部背負わせて
知らん顔の半兵衛
「こまったものだ」なんてぬかす奴を
許していいか
 
「オレがいったい何をした・・・何をした!」
「善意」の雑踏の流れる中を
逆向きに訪ね歩いたばっかりに
「善意」の旗ハタめく施しが
いつまでたっても回っては来ない
きみの「善意」じゃ駄目なんだ
きみの「愛」なんかじゃ駄目なんだ
そんなことに涙を流す
いい気で
卑猥な
心に
身を任せてしまって
本当にいいのか
 
追いつめて
追いつめられて
勝ち残る「優しさ」が
本当に「美しい」と言えるのか
 
「善意」を先導する
そんなことで食っていくなんて
きみはいまも最低な奴だ
 
 
 
 「こつじき」
 
「いい気なものじゃないのか」
どいつもこいつも
朝のめざめの時から眠りにかかる
 
こころを
眠らさなければ
瞼を開けていることが出来ない
何一つ為す術のない
この生を背負うことが出来ない
 
笑っている乾きに耐えられるほど
歴史と世界とは
歴史と世界という言葉ほどに
ぼくたちを生かしてはいるか
 
職を探す
報道を読む
畳に転がる
階段を上る
玄関を開閉し
その日暮らしの水とパンと
電気とに満たされる
さてこれで
家畜の生活を離れたと言えるか
 
大きな籠の外の
そのまた大きな籠の外で
かき集められた骨片が
雲を象っている
ひとまず
どこまで意味のない生き方ができるのか
ひっそりとやり遂げてしまえ
そうして耐えられないところまで来たら
古代の人のように
荒れ果てた茨をかき分けるように
群れするところに
踏み込めばいい
たとえそれが
「こつじき」の姿であっても
 
 
 
 「揺れる日々」
 
どいつもこいつもうそつきで
どいつもこいつも小心で
かなわないと見れば
過酷さに身を投じて
過酷なしごきに逃げてゆく
それは狡いだろうと言っても
たぶんまともに聞く奴はいない
 
生きたい利己なんだろう
そう言ってしまえばいいのに
感動の汗と涙なんて
共有してしまうものは
いつも何処かこの「国」的になってしまう
 
そんなこんなでいやになっちまって
子どもが嫌々をするように
「やーめた」の一言で
職を投げ捨てたのは
愚かさもとびきりのぼく
ハローワークに飛び込んで
もう一人のきみを生きてみる
 
見なよ
地に這いつくばって十年たったら
どんどんこの国も世界も変わっていくぜ
そうしてもう十年
もう一人のきみとぼくは
地震とか水害とかを用心し
注意深く
自分たちの居場所を移動する
 
いずれ世界はやっていけないようになる
 
たくさんの勝者が入れ替わり
たくさんの敗者が入れ替わり
泣いたり笑ったり
殺したり殺されたり
欲望の乱舞が地表を焼き尽くす
それはもしかすると
∧善意∨とか∧正義∨とかの言葉で
置き換えられているかも知れないが
ぼくらはもう数でごまかされる事なんてないんだ
 
いつか ぼくではないぼくが空を見上げる
焼けただれた利己に覆われた地表の底から
すっくと頭をもたげてくる
もう一人のきみの季節きみの風景が
世界には必要となる
 
もう一人のきみには
揺れる日々の忍耐が
忍耐に耐える精神が
たぶん遠くまで要求されているだけだ
 
 
 
 「運動」
 
氾濫する言葉の一つ一つの未来のように
息苦しく暗示されてあるもの
まさしく明日ぼくたちの生存が
姿形を無くして彼方に消え去ろうとする
この煙のような実態は何か
何か
 
闇雲に
闇雲の稜線をたどり歩いてきたのは
たぶん形を与えたかったからだ
けれども
煙の稜線とは
後に形を残すことのない運動であろう
運動に実態の衣を被せることは出来まい
永遠に
 
私たちの脳は後退しなければならないのか
言葉からの撤退
言葉の回収
それは思考としてあり得る話なのか
そして重くのしかかってくるものとしての
こころについて
もはや不潔な衣のように
脱ぎ捨てたいとばかり感じている
 
私たちが生きるこの世界は
まるでバランスを崩して
慢性の体調不良を訴えるかのようだ
どこかに
毅然と
一本の
架空の支柱を
言葉への信を
回復することは困難か
 
闇を疾駆する黒い流体を
私たちはさしあたっては黒い馬と命名しよう
それは黒い翼を優雅に波打たせ
私たちの視角と視野と視線に先駆け
たしかに転移の飛翔を繰り返す
 
黒い馬に飛び乗れ
 
存在から去れ
 
そして回帰のない回帰へ運動せよ
 
不在こそ
私たちの証である
 
 
 
 「愛」
 
寂しい秋の向こうに
澄んだ光と明るさとが欲しい
そう 祈りながら
こころが落ち葉を踏みしめる
 
慣れ親しんだ赤や黄の ほんの少し
文字のように黒ずんだ隙間から
聞こえてくる声は 流れていった過去?
驚くように見上げた私の頭上には
たぶん後悔とも言えない後悔が渦巻いている
 
あの 青い空のように
愛はいつもあのあたりにあって
私というものの全体を覆っていたのだったかも知れない
あの頃しかし私は
ぽつんと浮かんだ小さな雲や
薄く掃かれた雲
遠く山の稜線にむっくりと湧いた黒雲や
雨を含んで隙間なく青空を隠した雲に
愛の不在を嘆いてばかりいた
 
それは愛じゃない
そんなものは本当の愛じゃない
気に入らないプレゼントに駄々をこねる子どものように
たぶん女たちを困らせてばかりいた
 
けれどもこの年になってやっと分かりかけてきたことがある
愛の相貌がいつも晴天でいられるのではないことを
 
 
寂しい秋の向こうには
澄んだ光と明るさとが欲しい
 
それは私のためにではない
女たちと 女を愛する男たちのために
愛は確かに
あのあたりに像を結ぶものであることを信じたい
時に雲に隠され
虹のようにつかめない
だから
それが愛なのだと